塾長挨拶-馬場祐平
塾長の挨拶というのは、通常、美辞麗句を並べればいいのかもしれない。でも僕はそうしたことに意味があるとは思わない。だから今こうして道塾を続けている僕の想いを語ってみたい。そのために、すこし長くなるけれど、僕の高校時代から振り返ることにする。
高校へ行くのをやめた
9年前、僕は通っていた高校を辞めた。地元の公立校に通ってはいたが、そこで強いられる勉強に耐えることができなかった。
入学早々、学校の勉強から逃げるようにインターネットに向かうようになった。特に熱中したのはネットゲームだった。昼夜逆転の生活が続き、まったく勉強しないまま定期テストでは0点ばかり取っていた。
2年目になると学校の勉強はさらに厳しくなり、唯一楽しみにしていた修学旅行にあわせて膨大な量の宿題が出された。その時、僕の中で何かが切れたのだと思う。修学旅行から帰ってくると、僕は高校へ行くのをやめた。
いま振り返ると、未来への希望のないまま強制的にやらされていた「勉強」は、僕にとって何の意味もない苦役であり、拷問にも等しいものだった。
受験というゲームへ
僕が受験をしようと思ったのはそれから1年後。高校時代の友人が受験を終えようとしている中、僕は一人で受験勉強をはじめた。高校中退という落ちこぼれの状況から、どうにか人生を切り拓こうと探してたどりついた道だった。
だが、まったく勉強をしないまま高校を中退していた僕は、周りの受験生と比べると、実力も受験知識も圧倒的に不足していた。いざ勉強しようと思っても、何をすればいいのか分からず途方に暮れる日が続いた。
半分は勉強の逃げ場として、もう半分は救いを求めて、向かった先がインターネットだった。ネットに手慣れていた僕は、ゲームの攻略法を探すように受験の攻略法を探しはじめた。勉強はほとんどしなかったが、時間をかけて集めた情報を整理し、もっとも効率よく勉強するための方法を築いた。
やればできる、やれなければ未来はない
その時点で残されていた時間は約6ヶ月。夏も終わりに近かった。志望校は、当時もっとも興味のあった政治の世界に近く、偏差値表で一番上に載っていた早稲田大学政治経済学部。目標へは果てしない距離があったけれど、明確なゴールがあり、そこへ向かうための道も見えていた。あとはやるだけだった。
「やればできる、やれなければ未来はない」と自分に言い聞かせてはじめた受験勉強は、実際にやればやるほど伸びていった。正しい勉強法をすると、今まで感じたことのない速さで実力がついていくのが分かった。生まれてはじめて、自分が急激に伸びていると実感することができた。
そうなると、机に向かうのが楽しくなった。学ぶことは「勉めて強いる」と書く「勉強」から、「自ら楽しく学習する」という「楽習」へと変わっていった。そうして僕は、目指すゴールへ向けて自分の道をひたすらに歩いた。
3月の合格発表の日、僕は第一志望に合格したという報せを聞いた。1年前には僕以外の誰も想像していなかった。結果的に、いちばん後ろからスタートした僕は、わずか6ヶ月の期間で数多くの受験生を抜かし、先頭でゴールを切ったのだった。
人生を切り拓くチャンスを
ただ、受験を終えて周りを見渡すと、僕のような受験勉強をしている人はほとんど見当たらなかった。志望校への最短ルートを見つけ出し、その道を確実に歩ききった人は意外なくらい少なかった。ましてや落ちこぼれであったり、わけあって勉強を1からはじめたりした人は、皆なすすべもなく受験で失敗していた。
概してアンフェアなことの多いこの社会においても、本来、受験という制度は点数だけで結果が決まるフェアな勝負だと思う。だが、実際は受験の勝ち方を知っているか否かで大きな差が出る。そしてごく一部の人を除いて、その勝ち方を知っている人はいなかった。
大学に入ってから「早稲田への道」を書いた理由は、僕のような落ちこぼれであっても、やる気があれば人生を切り拓けるチャンスがあることを伝えたかったからだった。
絶望への悪循環の構造
「早稲田への道」をはじめてから6年が経つ。その間に感じたのは、昔の僕のように拷問のような受験勉強に苦しんでいる若者は相変わらず多いということ。そして、その根底には今の教育の仕組みに潜む欠陥が横たわっているということだ。
現在、教育にかかる費用は異常に高く、生まれた場所で受けられる教育の質も大きく変わってくる。そうした差を埋めるためには、拷問のような受験勉強を若者に課さざるをえない。そんな中で苦しみながら勉強し続けても、志望校には到底届かず、敗北感を持って大学に進む人があまりに多い。大学に進学しても、その間の無味乾燥な受験勉強に何の意味があったのだろうと虚しく振り返ることになる。
そうした受験教育を非難する人は多いが、その構造が変わることはない。だから結局は希望が失われていく。それは悪循環だ。僕はこの国の教育の現状は異常であり、危機だと思う。人生に絶望することを教えているようにしか思えない。本来の学びとはまったく違うものになっている。
道塾のモデル
それを少しでも変えることになればいい。そう思って僕は2年前に道塾を立ち上げた。やる気があればどんな状況からでも人生を切り拓ける道があることを示せば、この構造に切り込めると思った。学びは、本来の希望に満ちたものにできると僕は信じた。
道塾を立ち上げるにあたってモデルとしたのは幕末の私塾だった。当時の私塾で学んだ若者の多くは勤勉だったが、今と違ってとても充実していたと思う。彼らは自分の人生を切り拓くため、そして世の中をよくするため、必死に学んだ。そうやって10代の頃に激しく学んだ若者の中から、高杉晋作や坂本竜馬、福沢諭吉といった激動の時代を切り拓き、現在の日本の礎を築いた人が生まれた。今と昔とでは状況は違うけれど、僕は、道塾においてそのような若者を世に送り出したいと思った。
それから2年が経ち、今がある。道塾はまだまだ小さい塾だけれど、受験というものを通してこの国に希望の灯を燈したいという想いは変わらない。そして、わずかずつでも、その証となる若者が育っているのを感じる。
希望がなければ生きていけない
道塾は、偏差値を上げることには圧倒的な自信がある。ただ、それは受験塾として当たり前のことだ。
僕が言いたいのは、単に偏差値を伸ばすだけの教育には、もはや意味がないということ。そんな勉強は苦しいだけだし、教育とは呼べない。ひたすらに勉強を続け、偏差値がいくら伸びても、手に入るのは世間体と、見栄と、せいぜい金だけで、それで幸せが手に入るわけでは決してない。その証拠は毎日のように新聞やテレビで流れているはずだ。
幸せというのは、一人一人が自分の生きるべき道を見つけた時に感じられるものだと思う。だから百人いれば百通りの幸せがある。ただ、そのためには希望が必要だ。希望がないという状態は、生きるべき道がないということだからだ。
僕は若者が希望を持ち、そのために必死になり、充実した生を送るための手助けができればいいと思う。それに共感してくれる若者が、道塾で学んでくれるといいと思う。
一歩を踏み出す勇気を
僕は今、実現できるかどうか分からない未来のことを語った。小さい頃から今この瞬間まで、ずっとそうやって生きてきた。実現できないことも多かったけれど、ひとつ、ふたつと夢が形になり、なんとかここまで歩むことができた。
でも、僕のように夢や希望を語っても「お前にはできない」と言われる若者があまりにも多いように感じる。先生からも、親からも、若者は否定され続けている。ただでさえ希望の少ないこの国において、未来ある若者の芽までがそうして潰されてしまったら、この国の将来には何も残されていないと思う。だから、僕はそれを守りたい。育てたい。
僕は生まれてきてよかったと思っている。たぶん一生そう言い続けるだろう。でも、僕のように言える人がこの国にどれだけいるだろうか? 僕らが住む日本という国は、物質的には豊かな国だ。そして、豊かな国に生きることが幸せであると示せないのであれば、世界の人々が豊かになろうとする意味はどこにあるのだろう?
日本は多くの悪循環のために疲弊しているけれど、この国に生きる人は世界の範たる力を秘めていると思う。一人ひとりが未来を信じて一歩を踏み出せば、日本は変わるし、そうすることで世界をよりよくすることもできるはずだ。そして、それは豊かな国に生きる人の使命であると僕は思う。
未来を切り拓く「希望の灯」を
僕は、受験という小さな枠組みで戦っているに過ぎないけれど、日本を、そして世界を、変える覚悟でこの塾をやっている。この塾から、幕末の私塾のように、それぞれのフィールドで日本を、そして世界を変える覚悟で生きる人が育てばいいと思っている。
こういう言葉を鼻で笑う人がいるのは知ってる。悲しいことに、現状では冷笑する人の方が多いかもしれない。でも、この塾が間違っていなかったと証明してみせる。ここで学んだ塾生たちは、やがて未来の日本を、そして世界を担っていくと僕は信じているから。
先に上げた幕末を生きた三人の師である吉田松陰、佐久間象山、緒方洪庵といった人々は20代で私塾を開いた。学んでいた者の多くは10代の若者だった。はじめは見向きもされなかった彼らの挑戦は、やがて危機に陥る日本を動かす力となった。
挑戦することで、未来は切り拓ける。それを僕は身を持って示し続けるし、そうやって若者に希望の灯を伝えていきたいと思っている。だから、こうした想いに共感してくれる人にこそ学んでほしい。
最後に。
これを読んで道塾で学ぼうとする人もいるだろう。でも、それよりも多くの学ばない人、事情があって学べない人がいると思う。それは仕方のないことだ。でも、このことだけは忘れないでほしい。
大丈夫。希望はあるし、歩くための道もある。未来を信じて、一歩を踏み出そう。
ふと迷ったら、この言葉を。
「道」
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けば分かるさ
(哲学者・清沢哲夫『無常断章』より、アントニオ猪木の語り)

















