『早稲田への道、2年越しでの夢への挑戦』
『妥協男の逆転劇』
真野 敬史
富山県 呉羽高等学校 3年次中退
早稲田大学法学部合格 / 早稲田大学社会科学部合格
早稲田大学人間科学部合格
人生には2本の道がある。
一方は、多くの人々が通る道。先が保証された安全な道がある。他方、レールの敷かれていない危険な道がある。世間からは白い目で見られるだろう。しかし、希望に溢れ魅力的な道だ。僕は高校3年生になる直前の春休み偶然見つけた「早稲田への道」というサイトをきっかけとしてこのいばらの道を歩んでいくこととなった。
思えばいつも中途半端な自分がいた。何をやるにも先ずは結果を予測し、無理と判断するなり行動に移らず、周りの目を気にして無難に生きることがよいという日本人かたぎな考えが常にあった。それは確かに安全だ。が、一つのことに熱くなれるわけはなく、友人関係も常に当たり障りのない、しかしどこか違和感のある生活を送ってきた。「何か行動にでなきゃいけない」悶々とした学校生活で日増しにその思いが強くなる中、僕は「早稲田への道」に出会った。
毎日15時間もの勉強で半年で早稲田合格。そんな類の見出しのサイトは他を探せばいくらかあるかもしれない。しかし管理人uの独自の勉強術、方法は今まで勉強をしてこなかった自分にも十分理解でき、かつ納得させられるような物だった。
「すごいな。こんな奴が世の中にはいるんだ」と感嘆させられると共に「俺にだってやれば出来るんじゃないか?」と思わずにいられなかった。
時を同じくしてuが「道塾」を開くこととなり、気付けば僕は入塾していた。
「これに懸けたい」
しかし僕が通っていた高校から早稲田への進学実績はほぼ皆無で残念ながら進学校と呼べるそれではなかった。加えて僕自身成績が悪くその頃に受けた全国模試で偏差値は40あるかないかで、早稲田はおろか、日大もE判定だった。そんな中ではある意味周囲の反応は当然で「お前に早稲田なんて無理だ」「よくもそんな成績でだいそれたことがいえるな」などと家族も含めて誰もが僕に投げかける言葉は同じだった。
学校でも独自のスタイルで勉強するには難しく、行き詰まりかけた自分がいた。「俺の気持ちはそんな程度で折れ曲がるのか。また昔の繰り返しなのか。結局変われないままなのか。」心の中の声が聞こえてくる…。
気付けば、もう迷いなんてなかった。
「俺は早稲田に行きたい」
どうすれば効率よく最短ルートで合格できるかを考え、僕は自分で信じた「道」を歩もうと決意した。学校には通うことはなくなり、高校も中退する決意をした。
世間からは、言ってみれば「レールを外れた人間」とみなされることになった。
ただ僕は自分だけが自分を信じさえすれば十分だと思った。迷いなんてなかった。ひたすら勉強に励む日々。いまだかつて経験したことのない日々が走馬灯のように過ぎ僕は早稲田大学を受験した。しかし、結果は不合格。4学部に挑戦して全敗だった。
いばらの道を進むと決めた僕ではあったが、途中くじけそうになったり、投げ出しそうになったりもしたり、決して十分には勉強に打ち込めなかった。悔しい。でも仕方がない。力が足りなかったんだと痛感しもう一年頑張ろうと決意した。
その年の4月、早稲田大学の入学式。
真新しいスーツを着た新入生が入学式に向かう中を逆らうように自習室に向かう僕がいた。さんざん迷惑をかけた両親に懇願し、一人暮らしで東京で受験勉強する許しをもらった。早稲田大学から徒歩1分六畳一間のアパートを借りた。早稲田を肌で感じて勉強したい。いつしか早稲田が心から好きになっていた。受験当初、頭の片隅にあった「学歴が欲しい」「早稲田のブランドが欲しい」という概念をもはや超越した気持ちがあった。「早稲田以外に選択肢はない。」他大学には目も向けなかった。受験勉強は苦しい。ただ、日々の生活の中、早稲田を感じる事でそんな気持ちはなくなっていた。来年ここで学生としている自分がリアルに想像できた。勉強するにはもはや十分すぎる動機が僕にはあったのだ。
季節は巡り2度目の冬。
昨年にはなかった自信を携え受験に臨む。決して楽ではない早稲田の試験。東大志望も受けるであろう試験会場でもここに懸ける思いは誰にも負けない自負があった。
そしてむかえた2009年2月27日
僕は自宅から徒歩一分の大隈講堂前で結果を待った。受話器を握り、合格発表を聞く。
「オメデトウゴザイマス。ゴウカクデス。」
たった一つの合格にすぎないのかもしれない。ただ確固たる信念を持って物事にチャレンジしたことのなかった僕にとって、2年間恋焦がれた早稲田への切符を手に入れたことは今までの人生では感じることのなかった達成感で僕を満たし、気付けば頬は涙でグシャグシャに濡れていた。
こうして「早稲田への道、2年越しでの夢への挑戦」という僕の掲げた挑戦は最高の結果で幕を閉じた。浪人生になり身一つで故郷を飛び出し、ここ早稲田に来てはや 1年。僕の担当だったヤスさんとは毎週、勉強はもちろんのこと学生生活、将来の夢、恋愛にいたるまで熱く語った。面と向かって人に自分をさらけ出すことを嫌っていた僕にとってそれは刺激的で、勉強に向かうやる気にも当然火がついた。ただ勉強面だけのサポートだけではなく、一人の人間として向きあってくれたヤスさんを始め道塾スタッフの皆さんの指導は僕にとってかけがえのないものだったに違いないように思う。
今年の4月から僕は「早稲田からの道」を歩みだす。この2年間で培ったものが僕をまた一歩あらたな「道」に歩を進めてくれる。「一歩踏む出す勇気が自分を変える。」そのきっかけを他ではない道塾は提供してくれるのではないかと思います。そしてこれを読まれたあなたがあなた自身の「道」を進んでいくきっかけとして僕の文章がほんの少しでもお手伝いが出来ていれば幸いです。
















