プロフィール
- 大学 … 早稲田大学文学部文学科社会学コース2年
- 出身 … 東京都
- 担当 … 私立文系
- 得意科目 … 世界史
■学校は楽しいところ■
小さいころからひょうきん者で、いい意味でも悪い意味でもまわりの中心だった。
小学生に上がっても毎日が楽しくて仕方なく、笑顔で通学していた。この思いは中学・高校も続くことになる。
高学年になると、物心つく前からの親友が中学受験をすると聞いたので、自分も挑戦してみることに。両親にとっては晴天の霹靂だったようだが、自分にはものすごいやる気があった。
狙うは早稲田中学。しかし、早稲田の壁は高く、失敗。高輪中学に進学を決める。小学生から続けているサッカーを部活に選び、週5日の練習に明け暮れる。
■「大学に行きたいんじゃない、早稲田に行きたいんだ」■
中高一貫校だったので受験はなく、引き続きサッカー漬けの毎日。
練習は週6日になり、自主的に登校日は毎日朝練もした。家に着くころにはくたくたで、浴槽で意識を失っていたことも何度もあった。サッカー部は他の部よりも引退が遅く、3年生の最後の大会は8月の下旬から始まるため、夏休みもろくに勉強できなかった。
そんな生活も高校3年の9月14日に終わりを告げる。
最後の試合は2-3の逆転負け、目から涙が止まらなかった。
ここから自分の受験生活が始まった。目指すは早稲田大学。
高校で出会った恩師の母校であり、その恩師から語られる早稲田の熱い人々の話に心が惹かれた。部活の仲間は指定校推薦で早々と進学を決める中、勉強に励んだ。
支えになったのは部活の監督の「おまえらは相手が格上だったら試合を投げるのか?」という言葉。
使える時間はすべて勉強に充てた、勉強時間が16時間を超える日もあった。「大学に行きたいんじゃない、早稲田に行きたいんだ」とことあることにまわりに言っていた。
念願かなって、早稲田大学文学部に合格。
■ 待ち望んだ出会い ■
早稲田といえば、サークル! そんな思いで新歓期は色々なサークルを回ったが、学生生活を捧げられると思えるものになかなか出会えない日々。
「先生の言っていた熱い人たちはどこにいるんだか」
そんな思いを抱いていたときに出会ったのが、メディア系サークルの早稲田リンクス。
「想いを伝える」という理念に向けて全力で望む、恩師の言葉にあったような熱い人々がそこにはいた。
「ここしかない」、5月の末と少し遅い時期ではあったが入会を即決。ここが自分の大学生活のスタート地点となる。
雑誌・イベント・Webの3つの媒体のうち、自分は雑誌、文章を書くことを選ぶ。夏休みは毎日、大学に足を運び、活動に捧げた。
そして10月、雑誌の完成。自分の書いた文章が多くの人に触れるという今までにない経験をする。
現在は、去年の経験を糧によりよい文章で想いを伝えるべく、熱い仲間たちともに学生生活を送る。
■塾生にメッセージ■
「行ける大学」ではなく「行きたい大学」へ。
自分が早稲田が第一志望と言い出したとき、おそらく誰も合格するとは思っていなかったはずです。なにせ模試すら受けたことなかったのですから。
嘲笑もありましたし、現実を見るように諭してくる人もいました。
しかし、無理かどうかは自分が決めることです。
僕はどうしても早稲田大学に行きたかった、だから頑張れた。みなさんの第一志望の大学にどうして行きたいのか、それをよくよく考えてください。
その想いがあなたの受験を支えてくれます。

















